文学と思考

小津安二郎と「畳の高さ」のリズム

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TL;DR

  • 小津安二郎の映画でカメラの高さが「畳に座った人の目線」とされてきたが、実測してみると一作品のなかでも変動している。固定ではなく「リズム」として扱うほうが正確だ。
  • 畳の高さに合わせるという選択は、構図のためというより、登場人物と観客を同じ「住まいの平面」に置くための装置だった。
  • 蓮實重彥や吉田喜重ら、後続の映画論者が指摘してきたのは、小津の構図は「日本的」というより、家屋の物理を逆算した結果だという点だ。
  • 畳の文化が薄れた現在、小津の構図を「日本的伝統」として受け取り直そうとする視線は、しばしば原点を取り違える。

初めて小津安二郎の『東京物語』(一九五三)を観たのは、大学の映画研究会の薄暗い視聴覚室だった。記憶しているのは、登場人物が畳の上に座って話す場面で、画面のなかの空気が、不思議に止まって見えたことだ。カメラがほとんど動かないこと、登場人物が中央でなく画面の端で話すこと、そして——気づくのに数年かかったが——カメラの位置がとても低いこと。

「ロー・ポジション」「タタミ・ショット」という呼び名は、いまや小津の代名詞になっている。一般的には、畳に座った人の目線にカメラを置く、と説明される。だが、これを字義どおりに受け取ると、いくつかの場面でつじつまが合わなくなる。

「畳の高さ」は固定ではない

映画学者の蓮實重彥は『監督 小津安二郎』のなかで、小津のショットの高さは作品ごとにも、シーンごとにも揺れている、と指摘している。実際、フィルム研究者が当時のスチル写真と現場の床配置から逆算してみると、カメラの高さは床から五十センチ前後の範囲で動いている。畳に座った人の視線の高さ(およそ七十センチ)よりも、しばしば低い。

この「畳の高さよりさらに低い」位置は何を意味するのか。一つの読み筋は、登場人物の視線を仰ぎ見るのではなく、「畳そのもの」の平面に観客を貼り付けるという選択だ。畳に座っている誰かを観察するのではなく、観客もまた、その畳のうえに座っている、という錯覚を作り出す。

家屋の物理から逆算する

同じことを別の角度から述べたのが、映画作家の吉田喜重だ。吉田は、小津の構図は「日本的」というよりも、戦前・戦後の標準的な日本家屋——縁側、襖、欄間、長押、畳——の物理を最大限に活用した結果だと書いている。

これは説得力がある。たとえば、画面の奥行きを「障子の向こうの庭」「廊下の突き当たり」「次の間の暗がり」と三層に分ける構成は、家屋の構造そのものだ。建築の側から見ても、戦前の和室は天井高が二・四メートルから二・五メートル前後で、欄間の上下に強い水平線が走る。小津の構図がしばしば水平線を画面に通すのは、この欄間と長押の高さを利用しているからだ。

言い換えれば、小津は「畳に座る人の目線」を再現しようとしたのではなく、家屋という三次元の格子に、カメラを丁寧に嵌め込もうとしていた。

登場人物と観客を「同じ平面」に置く

もう一つ、小津の構図が示しているのは、観客と登場人物の階層関係を消す、という選択だ。一般的な映画では、カメラはしばしば登場人物より高い位置から場面を「俯瞰」するか、低い位置から「見上げる」。小津のカメラは、ほとんどの場合、登場人物と同じ「住まいの平面」に置かれる。観客は、上から物語を見ているのではない。家のなかにいる。

もっとも、これを「日本的」と一括りにする読み方には注意が必要だ。同時代の溝口健二や成瀬巳喜男は、まったく違うカメラ位置で家屋を撮っている。溝口の長回しは、しばしばカメラを廊下の高さまで上げ、視点をやや俯瞰的に保つ。成瀬は中腰の高さを多用する。小津の低さは、和室の構造から要請されたというより、小津が選び取った独自の方法だ。

畳が薄れたあとに見える「小津」

戦後の住宅統計を見ると、和室の比率は一九六〇年代をピークに、長期にわたって減少してきた。住宅金融支援機構や国土交通省住宅局のデータでは、新築戸建てで「和室なし」の比率が二〇〇〇年代以降に過半数を超えた地域もある。畳の文化は、急速にではないが、確実に住まいの中心から外れている。

そのうえで、現在のわれわれが小津の映画を観るとき、何が起きているか。畳に座って撮影されているはずの登場人物を、椅子に座って観ている。フローリングの居間で『東京物語』を観ている。にもかかわらず、画面のなかの「住まいの平面」に、依然として引き込まれる。これは何を意味するのか。

一つの答えは、小津の構図は「畳」という個別の素材に依存しているのではなく、「住まいに座る」という身体の経験そのものに照準を合わせていた、ということになるだろう。家屋の様式が変わっても、人が床に近い位置に座って一日の大半を過ごすかぎり、小津のカメラは機能する。裏を返せば、座らない家(キッチンに立ち、ベッドで寝るだけの家)では、小津は急速に異物に見えはじめる。

「日本的」という袋——もう一度、解いてみる

小津の構図を「日本的な伝統」として再評価する試みは、二〇〇〇年代以降の海外の映画祭でも繰り返されてきた。だが、「日本的」という袋は、しばしば中身を取り違える。畳、和室、家族関係、戦後の倫理——どれも小津の作品に含まれているが、それらを束ねるのは「日本」ではなく、「住まいの平面に身体を置く」という一つの構図上の決断だ。

映画は、当時の物理的な家屋を映している以上、時代とともに古びる宿命を背負う。しかし、構図がどこから来たのか——畳の高さなのか、家屋の格子なのか、もっと別のものなのか——を問い直すことは、いまも有効だ。それは小津を「過去」に閉じ込めず、むしろ、いまの住まいのなかでカメラをどこに置くかという、現在進行形の問いに繋がっていく。

参考資料

  • 蓮實重彥『監督 小津安二郎』(筑摩書房)
  • 吉田喜重『小津安二郎の反映画』(岩波書店)
  • 佐藤忠男『小津安二郎の芸術』(朝日選書)
  • 国土交通省 住宅局「住宅着工統計」関連資料

東京ヴェルム 編集部

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