TL;DR
- 銭湯と喫茶店は、ともに都市の「第三の場所」として議論されてきたが、機能の組み立て方が根本的に違う。銭湯は身体を、喫茶店は時間を、それぞれ預ける場所だ。
- 東京都の公衆浴場業の事業所数は長期に減少しているが、最近の十年で減少のスピードに変化が出ている。「銭湯リバイバル」と呼ばれる動きの実態は、統計と現場でややずれる。
- 喫茶店業も同じく減少してきたが、こちらはチェーン系カフェへの置き換わりが進んだ結果、純粋な「個人喫茶店」は、銭湯以上に少ない場所もある。
- 身体と時間の二つは、デジタル化の進行で、家のなかでも一定の代替が効くようになってきた。にもかかわらず、外に出て第三の場所に行く理由は、別のところにある。
夕方六時、台東区谷中の細い路地で、銭湯の「ゆ」の暖簾を潜る。脱衣所のロッカーの鍵を握りしめ、湯気の立つ浴場に入る。湯船に肩まで沈める。これが、最初の体験。
三十分後、同じ通りから少し離れた、五十年続く小さな喫茶店に入る。マスター(七十代)が、ハンドドリップでコーヒーを淹れる。ジャズの低音と、椅子のきしむ音が混ざる。隣の席で、年配の男性二人が新聞をめくっている。これが、第二の体験。
同じ夕方、同じ「第三の場所」と呼ばれる二つの場所を、立て続けに訪ねた。同じ呼び名でくくられてきたが、機能の組み立て方が、根本的に違うことが、はっきり分かる体験だった。
銭湯——身体を預ける
銭湯の特徴は、何より「身体を預ける」という構造にある。服を脱ぎ、お金は鍵の付いたロッカーに入れ、所持品を持たず、湯のなかで一人になる。会話があるとしても、共通の話題は限られる(湯の温度、外の天気、季節)。東京都福祉保健局の公衆浴場業関連の統計を読むと、銭湯の事業所数は、戦後のピーク時から十分の一以下に減少してきた。理由は、家庭風呂の普及、地代の上昇、燃料費の負担だ。
もっとも、最近の十年で、減少のスピードに変化が出ている。東京都浴場組合の発行物では、二〇一〇年代後半以降、新規開業や改装による再開が報告されはじめている。いわゆる「銭湯リバイバル」の動きだ。デザイナーが内装に関わり、若い世代の客層を意識した銭湯が、いくつか登場している。
裏を返せば、「銭湯は減っている」という大きな流れと、「特定の銭湯は再生している」という現場の動きが、同時に進行している。統計と現場が、必ずしも同じ顔をしていない。
喫茶店——時間を預ける
喫茶店の特徴は、「時間を預ける」という構造にある。コーヒー一杯を注文すれば、二時間でも三時間でも、その場に居続けることができる。物を読む、書く、考える、誰かを待つ。具体的に何をするかは規定されない。場所と時間を、低い金額で借りる、という関係だ。
経済産業省の商業統計を読むと、純粋な「個人経営の喫茶店」は、銭湯以上に急速に減少してきた。一方で、「カフェ・喫茶店業」というカテゴリー全体では、減少の幅は緩い。何が起きているかというと、個人喫茶店が閉じた跡に、チェーン系のカフェが新規出店している。同じ業種カテゴリーに見えるが、客にとっての経験は別物だ。
チェーン系のカフェは、注文から退店までの「滞在時間」をある程度想定して、店内の座席設計をしている。コンセントの数、Wi-Fi の有無、座席の硬さ。これらは、「ちょうどよく一時間ほど」滞在することを想定したパラメータだ。これに対して、個人経営の喫茶店は、滞在時間を客に委ねる。マスターは何時間いても口を出さない。朝のパン屋の取材で見たような「時間別の客層」が、喫茶店ではもっと緩やかに混在している。
身体と時間——どちらを優先するか
銭湯が身体を、喫茶店が時間を、それぞれ預ける場所だとすると、二つの「第三の場所」は、補完関係にある。銭湯から出たあとに、近くの喫茶店でコーヒーを飲む。これは、東京の旧市街でいまも続く生活パターンだ。谷中・根津・千駄木の周辺では、銭湯と喫茶店の組み合わせが、日常のルーティンとして残っている。
もっとも、両者は同等の重みで残ってきたわけではない。銭湯は、共同浴場という制度が背景にあり、衛生・防災・地域コミュニティの観点から、自治体が一定の支援を行ってきた。東京都公衆浴場業生活衛生同業組合の資料には、燃料費補助や設備改修補助の制度が、戦後を通じて何度も更新されてきた経緯が記載されている。
喫茶店には、こうした制度的な支援がほとんどない。個人経営の小さな商業店として扱われ、地代と人件費の上昇のなかで、自力で続けるしかない。結果として、二つの「第三の場所」の減少のかたちは、似ているようで、根は違う。
デジタル化のなかの「第三の場所」
近年、興味深い変化がある。家庭風呂のデジタル化(自動湯張り、給湯予約、テレビ付き浴室)が進み、家のなかでも、ある程度「身体を預ける」体験に近いものを再現できるようになってきた。喫茶店の代替も、リモートワーク用のコワーキングスペースや、自宅のデスクトップ環境で、機能の一部は置き換わっている。
にもかかわらず、銭湯にも喫茶店にも、若い世代の客が、ゆっくりとではあるが、戻りつつある。これは、機能の代替性とは別の論理が働いていることを示している。「身体を完全に預ける」「時間を完全に委ねる」という体験は、家のなかでは原理的に成立しない。家にいるかぎり、私たちは何かしらの責任(家事、家族、デバイス)を背負い続けている。第三の場所は、その責任を一時的にロッカーに入れる場所だ。
「第三の場所」という言葉の限界
社会学者のレイ・オルデンバーグが「The Great Good Place」(一九八九)で提唱した「第三の場所」の概念は、家庭でも職場でもない、コミュニティの拠点としての場所を指す。日本では、喫茶店、居酒屋、銭湯、町内会館などが、しばしばこの概念で議論されてきた。
もっとも、銭湯と喫茶店を同じ「第三の場所」に括ると、両者の機能差が見えなくなる。身体を預ける場所と、時間を預ける場所では、必要とされる広さ、設備、人手、客層が、根本的に違う。同じ枠組みで保存策を考えても、たぶん十分には機能しない。
二つの場所が同居する町
銭湯と喫茶店の両方が、いまも徒歩圏内で機能している町は、東京のなかでも限られる。神保町、谷中、本郷、月島、白山、根津、千石、千駄木——どれも、戦災を比較的軽くしか受けず、低層密集の街区がいまも残るエリアだ。これらの町を歩くと、夕方の同じ時間帯に、銭湯の暖簾と喫茶店のドアの両方が、薄明かりのなかで開いている。
これがいつまで続くかは、誰にも分からない。けれど、続いているあいだは、私たちは身体と時間を、別々の場所に、それぞれ預ける選択肢を持っている。家にいながら全部を済ませる、ことはたぶん技術的にも社会的にも可能だ。しかし、家のなかでは結局、責任の隙間がない。隙間を作るために、いまも私たちは、暖簾を潜り、ドアを押す。
「第三の場所」という言葉は、こうした隙間のための小さな装置を、二つの異なる方向から指している。同じ言葉でくくることで見えるものもあれば、見えなくなるものもある。両方を見ようとする視線が、たぶんいまの街には必要だ。
参考資料
- 東京都福祉保健局「公衆浴場業 実態調査」
- 東京都浴場組合 発行資料
- 経済産業省「商業動態統計(飲食店業)」
- Ray Oldenburg "The Great Good Place" (Marlowe & Company, 1989)
- 町田忍『銭湯遺産』(戎光祥出版)

