建築と街

路地裏の自動販売機が街灯になるとき

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TL;DR

  • 東京の路地では、自動販売機が事実上の街灯として機能している。電気の用途が「商品販売」から「夜の明かり」へ静かにずれている。
  • 背景にあるのは、街路灯の整備が幹線道路に偏ってきた都市行政の歴史と、住宅地のセキュリティ意識の変化だ。
  • 飲料メーカーの統計を読むと、二〇一〇年代から自販機の総台数は減少傾向に入っている。それでも路地裏の一台は、なかなか撤去されない。理由は経済性だけではない。
  • 明かりが消えるとき、街は静かに別の街に変わる。私たちは、何を残すかではなく、何が黙って残してきたかを見落としがちだ。

夜十一時、本郷三丁目から白山に向かう細い路地で、ふと立ち止まったことがある。街灯の間隔が広く、家々の門灯はすでに消えている。ところが、四つ角の手前で、ぼうっと白い四角が光っている。自動販売機だ。コカ・コーラのロゴが、薄暗い空気のなかで青く滲んで見えた。

その日、私は地図アプリの音声案内を消したまま歩いていた。自販機の光だけが、次の角までの距離を測る目印になった。これは、街灯が機能不全を起こしているのではなく、街灯と自販機が役割を交換した結果のように思える。

街灯はどこに「ある」のか

東京の街路灯は、明治以降、幹線道路に沿って整備されてきた。東京都建設局の街路灯設置基準では、車道幅員と歩道幅員に応じて間隔と高さが決まる。住宅地の細い私道や、登記上は公道でも幅員四メートル以下の道路は、設置の優先順位が低い。一方で、各区が設置する「防犯灯」は、町会・自治会の申請ベースで増えていく仕組みになっている。

結果として、東京の夜の明るさには、はっきりとした濃淡がある。中央通りや明治通りは、ナトリウム灯がLEDに置き換わって、白っぽく明るい。一本入った路地は、いまも蛍光灯のような色温度の防犯灯が、二十メートル間隔で点っている。さらに一本入ると、その防犯灯も間遠になる。上野と谷中の比較で触れた「下町の照度の違い」も、この階層に重なっている。

自販機の電気は、何のためについているのか

飲料メーカー各社の有価証券報告書を読むと、自動販売機は一台あたり年間で数万円から十数万円の電気代がかかる。設置場所のオーナーには売上の一部が手数料として支払われる。経済性が成立する限りで設置が継続される——という説明が、まず教科書的な答えだ。

もっとも、路地裏の一台が、それだけで採算に乗っているとは限らない。日本ソフトドリンク協会の統計では、自動販売機の総台数は二〇一〇年代後半から減少傾向に入った。コンビニとの競合、現金取り扱いの手間、電力コストの上昇が理由とされる。それでも、住宅街の角の一台は、なかなか撤去されない。話を聞くと、設置場所のオーナーが「外したら暗くて怖い」と言って、契約を維持していることが少なくない。電気の用途が「商品販売」から「夜の明かり」へ、静かにずれている。

明かりとしての家電——もう一つの系譜

夜の街を照らしているのは、自販機だけではない。コンビニ、駐車場の精算機、タクシー営業所、洗濯機が並ぶコインランドリー。いずれも商業的な機能を担いながら、二十四時間の照明としても働いている。東京都の都市整備関連の防犯まちづくり指針でも、こうした「民間の明かり」は、街路灯と並んで防犯環境の構成要素として言及されている。

ただし、ここには非対称がある。街路灯は、税金で維持され、自治体の責任のもとに点っている。民間の明かりは、企業の経済合理性で点っており、合理性が崩れれば消える。住宅街の自販機が消えたとき、そこに代わりの街灯が立つ保証はない。

一台が消えるということ

本郷三丁目の自販機は、半年後にもう一度通ったとき、まだそこにあった。ただし、隣接していた古い文具店は閉じられ、ベニヤ板で塞がれていた。自販機の電力契約は、たぶんこの文具店の二階に住んでいた誰かが結んでいたはずだ。文具店が閉じても自販機が残っているということは、誰かが契約を引き継ぐ判断をした、ということになる。

もっとも、これがいつまで続くかは分からない。土地が売られ、建物が解体され、駐車場かマンションに変わるとき、自販機が再設置される保証はない。あるとしても、それは商業地仕様の高密度な機械で、夜の路地のように「ぼうっと光る一台」ではないだろう。

気づかれない構造

面白いのは、こうした明かりが、ふだんは誰の意識にも上らないことだ。自販機を「街灯だ」と気づくのは、たいてい、それが消えてからになる。私たちは、街を読むとき、目立つもの——古い建築、銀杏並木、神社の鳥居——に注目しがちで、家電製品のような無名のインフラを見過ごす。

裏を返せば、東京の路地は、こうした「家電製品のインフラ化」によって、多くを補ってきた、ということになる。自販機、コインパーキングの精算機、コインランドリーの蛍光灯。どれも商品ではなく明かりとして、誰かの帰り道を支えている。

夜の路地を、もう一度ゆっくり歩いてみる。明かりがどこから来ているのかを、一つひとつ見上げる。それは、街の体力を、明かりという指標で測る作業に近い。そして、この体力は、たぶん思っているよりずっと脆い。

参考資料

  • 東京都建設局「街路灯設置基準」関連資料
  • 日本ソフトドリンク協会「清涼飲料水関連統計資料」
  • 東京都「防犯まちづくり推進計画」
  • 各飲料メーカー有価証券報告書(自販機事業セグメント)

東京ヴェルム 編集部

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