工芸と職人

漆と糸——京都と輪島が時間にどう向き合うか

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TL;DR

  • 京都の漆工と輪島の塗師は、同じ「漆を扱う仕事」でありながら、時間の組み立て方が根本的に違う。京都は「待つ」、輪島は「重ねる」。
  • 京都の漆は、湿度を制御した室で塗膜が硬化するのを待つ作業の連続。輪島の漆は、地の粉と布を何度も重ねる、層の積み上げの作業。
  • 同じ「伝統工芸」として括られながら、二つの産地が選んだ手順は、それぞれの土地の素材と気候、そして消費地までの距離に最適化されてきた結果だ。
  • 二〇二四年の能登半島地震で輪島塗の工房群が大きな被害を受けた。京都の同業から見て、復旧は「時間の組み立て方」の問題に直結する。

京都市北区、紫野の路地裏にある漆工房を訪ねたのは、五月の梅雨入り直前のことだった。職人のMさんは、平筆を持って、四十センチ四方の塗板に薄く透明な漆を引いていた。一筆ごとに、塗膜が空気に触れて、ゆっくり呼吸を始める。これを乾かすのに、二十時間。気温二十五度、湿度七十五パーセント。Mさんは、室(むろ)の温湿度計を指差した。

同じ月、輪島市の中心部に近い別の工房を訪ねた。塗師のYさんは、椀の素地に、麻布と地の粉を捏ねたものを薄く貼り付けていた。布着せ、というやつです。木地を補強する下地。これを、地塗りに移る前に、十回近く重ねる。一回ごとに乾かして、削って、また貼る。京都の漆と輪島の漆が、別の物質に見えてくる場面だった。

京都——湿度を「待つ」漆

京都の漆工の特徴は、「上塗り」までの工程の薄さと、塗膜の透明さにある。蒔絵や螺鈿の下地として、漆を何層にも重ねるが、各層は薄く、室での乾燥(より正確には湿度による硬化)に時間をかける。塗膜は、空気中の水分と反応してウルシオールが酸化重合することで、初めて固まる。だから「乾かす」というより「待つ」と表現するほうが近い。

京都市伝統産業課の資料でも、京都の漆工は「平面の装飾性」と「複雑な絵付け」に重点を置いた発展史を辿ってきたことが整理されている。室町期以降、寺院・宮中向けの仏具・調度品が需要の中心で、用途は儀礼と鑑賞が大きい。

もっとも、これは「京都の漆は装飾的、輪島の漆は実用的」という単純な二分ではない。京都にも実用漆器の系譜はあるし、輪島にも蒔絵の高品質な仕事がある。違いは、用途のスペクトラムのなかで、どの方向に主軸が伸びてきたか、という重心の話だ。

輪島——層を「重ねる」漆

輪島塗の特徴は、下地工程の徹底にある。地の粉(珪藻土の焼成粉)と漆を混ぜたものを、麻布で補強した木地に何度も塗り重ねる。下地だけで通常二十工程以上、塗りと研ぎを繰り返す。完成までに、半年から一年。石川県の伝統工芸関連の公開資料には、この下地工程の図解が含まれており、各層の名称と順序が細かく規定されている。

このやり方は、漆器を「日常の食器」として使うために発達した。冬の北陸の湿度と寒さで、木地はしばしば変形する。布と地の粉で固められた漆器は、椀として日々使われ、洗われ、収納される現実的な強度を備える。Yさんは説明する。下地が薄い漆器は、見た目はきれいでも、半年で角から欠けてくる。輪島は、欠けないことを優先してきた産地です。

裏を返せば、輪島の漆器は、塗りそのものが完成形ではなく、使用に耐えるための土台が大半を占める。大田区の刃物研磨と同じく、目に見える表層の裏に、長い工程が積まれている。

気候と消費地——なぜ手順が違うのか

同じ漆という素材で、なぜ手順がここまで違うのか。一つは気候だ。京都は内陸性で、夏は高温多湿、冬は乾燥する。漆の硬化に必要な湿度を、室の管理で安定させる必要がある。輪島は日本海側で、年間を通じて湿度が高めだが、塩を含んだ風が吹く。塩分は漆の硬化を妨げるので、塗りの工程は早めに進めて、布と下地で物理的に補強する。

もう一つは消費地までの距離だ。京都は寺院・宮中・有力商家という消費地が近く、儀礼用の高級漆器が中心になりやすい。輪島は、もとは北前船で全国に運ばれる「商品」としての漆器が中心で、運搬・使用に耐える強度が優先された。文化庁の伝統工芸関連の調査でも、産地ごとの「使用環境への最適化」が技術発展の主軸として記述されている。

時間の組み立て方

取材を通して見えてきたのは、二つの産地が選んだ「時間の組み立て方」の違いだった。京都は、薄い層をいくつも重ねつつ、各層で「待つ」時間を確保する。輪島は、厚い層を何度も「重ねる」ことで、強度を物理的に作る。前者は、湿度という外部条件に時間を委ねる。後者は、人の手の回数で時間を積み上げる。

どちらが優れているという話ではない。むしろ、二つの時間の組み立て方が、漆という素材に対する別の合理性を示している。工芸と職人の議論でしばしば見落とされるのは、伝統が一枚岩ではなく、複数の合理性が並走してきた歴史だ、ということだ。

地震のあとに——時間は組み立て直せるか

二〇二四年一月一日の能登半島地震で、輪島塗の工房群が大きな被害を受けた。塗師の工房、漆を保管する蔵、下地を仕込む木地師の作業場——いずれも、伝統的な木造低層の建物に集中していた。内閣府の被災調査資料を読むと、被害は「物理的損傷」だけでなく、「工程ネットワークの分断」として深刻だ。木地・下地・塗り・蒔絵が分業されている産地では、一つの工房が機能を失うと、隣接する工程が全体として止まる。

京都のMさんは、こう語った。輪島の塗りは、層を重ねる時間で成り立っている。半年から一年の工程のリズムが、いったん止まると、再開のために必要な時間も同じ長さになる。仮設の工房に道具を運ぶ、では済まない再建のかたちが必要になる。

もっとも、Mさん自身、こうも続けた。京都の漆も、応仁の乱や戦災で、何度も止まりかけてきた。止まったあとに、誰がどう続けるかは、そのときどきで違うやり方が出てきた。輪島も、たぶん別のやり方を見つける。けれど、それを「以前と同じ」と呼ばないほうがいい。

同じ漆という素材を扱いながら、京都と輪島は、別の時間の組み立て方で工芸を成立させてきた。地震という出来事は、その組み立て方そのものに揺さぶりをかけた。これからの十年、両産地がどんなふうに自分たちの時間を編み直していくのかは、東京から見ても他人事ではない、はずだ。

参考資料

  • 文化庁「伝統的工芸品産業の振興に関する報告書」
  • 京都市伝統産業課「京もの工芸の歴史と現在」関連資料
  • 石川県「石川の伝統工芸」関連資料
  • 内閣府「能登半島地震 被災状況調査」
  • 四柳嘉章『漆 I・II』(法政大学出版局)

東京ヴェルム 編集部

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