工芸と職人

三代目の悩み——表参道で続ける家具工房との対話

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TL;DR

  • 表参道の裏通りで三代続く家具工房を訪ね、三代目との対話を中心に、工房の運営の現実を聞いた。
  • 地代の上昇、職人の確保、注文の質——三つの圧力が同時に来ている。それでも工房は続いている。理由は単純に「やめる手間のほうが大きい」からだという。
  • 家具産業の事業所統計を読むと、東京都心部の小規模工房は減少傾向だが、ゼロにはなっていない。残っているところには共通の特徴がある。
  • 三代目の話で印象的だったのは、「伝統を守る」ではなく「過去の選択肢を残しておく」という言葉だった。これは、職人の世界に対する、別の切り口を示しているように思える。

表参道交差点から、根津美術館の方向へ五分歩いて、細い私道に折れる。築四十年ほどの二階建ての木造店舗の引き戸を開けると、木屑の匂いと、低い周波数で鳴る集塵機の音が混ざって流れてくる。一階は作業場、二階が事務所兼仮眠室。三代目のKさん(五十代後半)は、墨ですすけた前掛けをして、椅子の脚を組み手で接合していた。手を止めずに、にっと笑って椅子をすすめてくれた。

以下は、二時間ほどの会話のうち、後日許可を得てまとめた部分だ。

地代と、続けることの算盤

失礼な質問になるかもしれませんが、まず聞いていいですか。表参道のここで、家具工房をやり続けるのは、経済的にどう成立しているんでしょう。

Kさんは、椅子の脚をひっくり返してから答えた。正直に言うと、ここ十年は、いつ畳むかをずっと考えています。でも、続いている理由のほうがはっきりしている。一つ目は、ここの土地が祖父の代からの自社所有だから、地代を払う必要がない。これがなければ、確実に閉じています。

二つ目は、表参道という立地のおかげで、ブランドの店舗什器や、デザイナーの個別注文が、向こうから入ってくる。営業活動をしなくていい。これも大きい。普通の工務店なら、営業に半分の時間を取られる。

三つ目は——これは少し情けない理由なんですが——いまから他の仕事に転業するほうが、続けるより大変だ、ということなんですよ。職人が三人いて、機械が二十台あって、取引先が固定でいる。これを全部整理するのに、たぶん三年かかる。整理する三年で、新しい仕事を覚えるエネルギーは、もう私にはない。

Kさんは笑ったが、これは冗談ではなさそうだった。

職人を雇うということ

職人は三人とおっしゃいましたが、どう確保していますか。

いまは全員、二十代後半から三十代前半です。一人は専門学校の卒業生で、一人は美大の家具科出身、一人は中途で他業種から転職してきた人。十年前と比べると、応募してくる人の経歴は多様になりました。

給与水準はどうですか。

正直に言うと、十年前は払えなかった水準を、いまは払っています。それでも、表参道の他の業種(飲食、アパレル、IT)の二十代の水準と比べれば、低いことが多い。だから、お金で選んだ人は、続かない。続いているのは、家具の仕事そのものに固有の魅力を感じている人だけです。

厚生労働省の職業安定関連の調査でも、家具製造業は中小企業庁の「ものづくり人材」分類のなかで、求人と求職のミスマッチが大きい業種として繰り返し言及されてきた。大田区の刃物研磨工房でも同じ話を聞いた。

注文の質——「過去の選択肢」をめぐって

会話のなかで、Kさんが何度か使った言葉が印象に残った。「伝統を守る」ではなく、「過去の選択肢を残しておく」。それは、どういう意味ですか。

Kさんは、しばらく考えてから答えた。家具の作り方というのは、時代ごとに何種類もある。組み手の方法、木材の選び方、塗装の手順。いまの量産家具は、その全部を一通り簡略化したかたちで、安く早く作っている。これは間違っていない。コストと納期の要請に応える、合理的なやり方です。

でも、量産の方法しか残っていない状況になると、いざ「百年使う家具」「お祝いで作る一点物」「修理しながら継ぐ家具」が必要になったとき、選択肢がない。誰もできない。私の工房がやっているのは、その「選択肢」を市場に残しておくことだと思っています。伝統を守る、というと、過去を凍結する話に聞こえる。そうじゃなくて、未来に選び直せる余地を残す、という感覚に近い。

これは、京都と輪島の漆の取材で聞いた話とも、響きあう論理だ。伝統工芸を「過去のもの」ではなく、「いま選べる選択肢のひとつ」として再定義する見方。

家具産業統計の読み方

少し角度を変えて、業界全体の動きについて聞いた。経済産業省の工業統計を見ると、家具・装備品製造業の事業所数は、都心部で長期に減少している。一方、Kさんはこう言う。

数だけ見ると、確かに減っています。でも、残っているところには、いくつかの共通点があるんですよ。土地を自社所有しているか、特定ブランドの専属工房になっているか、海外受注の比率が高いか。このどれかを持っているところは、規模が小さくても、続いている。

逆に、十年で消えたのは、賃貸の作業場で、汎用の家具を多品種で受注していた中規模の工房が中心です。価格競争に巻き込まれて、ニッチに逃げる体力もなかった、というケースが多い。

三代目の、後ろの代

最後に、後継者について尋ねた。四代目は、決まっていますか。

Kさんは首を横に振った。娘が一人いますが、別の仕事をしています。継ぐと言われたら、たぶん全力で止めると思う。この仕事は、四代目に渡すための仕組みになっていない。私の代で、いったん区切りをつけるつもりです。

区切り、というのは閉じる、ということですか。

そう簡単な話でもなくて。たとえば、いまの職人三人のうち、一人がここの設備と取引先を引き継いで、別の名前で続ける、というかたちもありうる。家具工房は、看板を引き継ぐより、技術と取引先を引き継ぐほうが、たぶん意味がある。私の祖父も父も、看板を継いだだけで、やり方は時代ごとに変えてきました。

続ける、というのも、閉じる、というのも、どちらか一方を選ぶ話ではないんですよ。両方の選択肢を、できるだけ最後まで開けておくこと。それが、いまの仕事の本質かもしれない。

対話を終えて

工房の引き戸を閉めて、表参道交差点へ戻る途中、ふと振り返ると、二階の事務所の窓に明かりが点いていた。Kさんは、まだ仕事を続けている。「過去の選択肢を残しておく」という言葉が、頭のなかで反響していた。職人の世界をめぐる議論は、しばしば「守る/失う」という二項対立で語られがちだ。けれど、Kさんが示したのは、その手前にある、もう一段細かい論理だった。何を残すか、ではなく、どんな選択肢を、誰のために、いつまで残しておくか。

たぶん、これは家具に限った話ではない。工芸と職人の領域全体に通じる、現在進行形の問いだ。

参考資料

  • 経済産業省「工業統計調査(家具・装備品製造業)」
  • 中小企業庁「中小企業実態基本調査」
  • 東京都産業労働局「ものづくり人材育成事業 報告書」
  • 井上雅人『家具と日本人』(吉川弘文館)

東京ヴェルム 編集部

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